2006年11月09日

少子化を考える。

少子化と言いますが、何か問題でも?
詳細を知らなければそう思うでしょう。

私もそうでした。

これだけ人間がひしめき合う日本は
既に人口が多すぎるのではないかと。
少し人口が減った方が人間が密集して暮らす必要もなく
もっと楽に暮らせるのではないかと。

また、もし少子化の問題を知っていても
少子化の問題ですぐに出てくるのは年金問題。
今のいわゆる団塊世代がもうすぐ定年。
そうなると年金を受け取る側と払う側のバランスが
少子化によって崩れてくると。
ただ、これは少子化だけの問題でしょうか?
そうでなくても既に年金というシステム自体破綻寸前であり
多くの人がNHKの受信料の様に疑問を持ち
年金を払っていないのが現状です。

おそらくこの当たりが一般的に一番出てきやすい事でしょう。
知らないか知っていても年金問題くらいしか知識がない。
私もこのくらいなら全く問題にしていません。

ただ、これだけではないのです。

まずは既存の問題から。
既に日本は人口が多すぎるという下りですが
これはそうでもありません。
と言うのも、人口が多すぎるのではなく
今の日本は人口が首都圏に集中しすぎているのです。
人口過多ではなく、人口の密集度合いに問題があるのですね。

そして年金問題。
これは破綻寸前ですが、少子化に全く問題がないわけではないのです。
確かに国のずさんな経営が大きな原因で破綻寸前ですが
団塊世代と少子化、この両極にある両者が向き合えば
年金問題は大小に関わらず出てくるでしょう。

心ない人や知識のない方の中には、団塊世代の存在を
切って捨てる発言をしてしまう人も居ます。
ただ、戦後という大変な時代を支えたのは
他ならぬ団塊世代なのです。
確かに、現在の時代の中心になっている世代の人々は
直接団塊世代の人々からの有り難みを感じる機会を
持っている人は少ないでしょう。
しかしながら戦後の時代がどこまで苦しい時代だったかは
ある程度理解出来るはずなのです。
もしそれが少しでも理解できたなら
団塊世代の苦労がわかるはずなのです。
ここまで苦労した人たちを切り捨てるというのは
戦争と同じくらい悲しいことなのかも知れません。

そしてここまでは一般的な問題。
その他にも少子化による問題があるのです。
お隣の韓国は日本よりも少子化が深刻な国。
韓国は日本よりも少子化を深刻に捉え
メディアもその問題点を多く挙げています。

少子化による問題点の起点は縮小社会。
この縮小社会が様々な問題点を生むのです。
まず現在の少子化で今後日本の人口がどう影響するかです。
このまま行くと日本の出生可能な15歳から64歳の人口が
毎年73万人減っていきます。
これは日本の島根県と同じ人口。
私もこれを知った時は驚きました。
これが続くと潜在成長率が落ちてゆき
20年後には潜在成長率が0になるのです。
たった20年で潜在成長率が0。
今の日本は十分に深刻な少子化に悩まされている様です。

日本のメディアでは、少子化問題というと
年金問題や男性の育児不参加問題、女性の高学歴化
住宅環境の劣悪問題などの比較的軽い原因しか
取り沙汰されないのが現状です。
しかし、少子化の本当の問題はもっと別のところにあったようです。
これを読んで少子化を考える人も、全く気にしない人もいるでしょう。
ただ、この現状を知っておく事が
まずは大事なのではないでしょうか。
posted by MIZU at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月25日

取り締まりは本当にそれで良いの?

今年のボージョレ・ヌーボーの解禁に先立ち
調査を行ったところ、昨年よりも売り上げが
減少傾向だとの予想がでた。

これは飲酒運転の取り締まりなどが原因で
解禁日の試飲を遠慮する傾向があるからとの事。

ワイン業界には申し訳ないが、それは仕方がない。

しかし、ここで1つ問題提起したい。
現在の交通の取り締まりは本当にあれで良いのか?

私も警察の内情までしっかりと把握はしていないが
春や秋の交通安全運動などは、各取り締まり警官に
ノルマが課せられており、それを達成する為に
警官は取り締まりを行うという話がある。

その話が真実にせよ、虚偽にせよ
最近の取り締まりはおかしい。

私の家の近くに左折禁止の表示が
非常に見え辛く出ている場所があり
地元の人間でないと気がつかない場所がある。
そこで警官が時折左折禁止の場所から
見えないところでスタンバイして
左折した車を取り締まっている。

これは絶対におかしい。

なぜなら、警察というのは犯罪を未然に防ぐ事が
第1の目標なのである。
この取り締まりは、わざわざ違反してしまう車が
いるとわかっているのに、対策も打たずに
そこで取り締まりをしているのである。

どちらにせよ、そこに警察力を使うのならば
左折禁止の曲がり角に警官を一人立たせて
左折しようとする車を注意すれば良い。
そうすれば、少なくとも間違えて曲がろうとした
人々はそこではじめて気がつくだろう。

そうすればそこに警察官が立っている事があると言う
認識と共に、わざわざ悪意のない人々が
違反を犯す事もないのである。

取り締まりは基本的に2人1組で行うが
この方法なら警察官が1人立っていれば良いので
その警察力を別の事にも回せるだろう。

他にも、その標識をもっと分かり易いものに
変更するなど、努力の仕方はいくらでもある。

努力の余地があるのに、そこで努力をせずに
汚い取り締まりを行うのは、本来の警察の
あるべき姿である「違反を未然に防ぐ」という
ポリシーに大いに反するのではないだろうか。

もちろん、飲酒やスピード違反の取り締まりは
大いに結構、大々的にやってもらいたいが
ああ言った小さな点数稼ぎの様な取り締まりは
全く持って納得が行かない。

幸い私はまだこのような取り締まりに引っかかった事は
ないのだが、このブログを読まれている方の中には
そういった方も多いかもしれない。

このブログで警察が方針を変えるかと言ったら
厳しいかもしれないが、私たち一人一人が
そういった意識を持って、警察に接すれば
もしかしたら近い将来、日本人にとっても
住みよい日本に変化していくのかもしれない。

取り締まりに関して、皆さんも一度考えてみませんか?
posted by MIZU at 10:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月20日

タバコの自販機改革

タバコの自販機に改革が起きるようだ。
今何かと話題になっている喫煙だが
問題なのは副流煙、喫煙マナー、そして未成年の喫煙。
この3つが挙げられるだろう。
前者の2つは政府、自治体などの対策により
多少は良くなってきている。
路上喫煙禁止など、都心では随分と変化が見られる。
しかしながら東京都23区を出てしまうと
その効果が発揮されていないのが現状だ。

本題に戻すと、未成年者の喫煙。
未成年というくらいだから
まだ物事の分別が曖昧な時期である事に間違いはない。
多少の成長度合いの違いはあっても
やはり未成年は未成年。
未成年の喫煙が体に良くないだけでなく
副流煙や喫煙マナーなどに関しての意識も薄い。

ではなぜ未成年者が喫煙できるのか?
それはタバコの自販機があるから。
街で制服姿のまま喫煙をする少年を頻繁に見かけるが
彼ら、彼女らのほとんどが自販機でタバコを入手している。
考えてみれば、未成年の大部分は学校に行っており
その生活のほとんどを制服で過ごしている。
その制服姿でも購入が可能なのが自販機なのである。
自販機は便利ではあるが、相手を選ぶことが出来ない。
コンビニなどで制服姿の人間がタバコを購入しようとしたら
確実に何か訪ねられ、販売してくれないだろう。
しかし、自販機はものを言わない。

そこで登場するのが顔写真付きのICカード。
2008年以降、このカードが無いと購入できない
タバコ自販機が続々と登場して行くというのである。
確かに、家に帰って私服に着替え、それから街のタバコ屋で
タバコを購入しようとすれば購入できるかもしれない。
しかし、そこまでして喫煙したい未成年者が何人いるだろうか。
多くの未成年者が面倒くさくなり、やめてしまうだろう。
それにこれからタバコを喫煙しようとしていた未成年者も
さすがに面倒になるはずである。

本来一番望ましいのは、タバコが完全に廃止になるか
タバコ自体が無害なものに変化するかどちらかである。
先日タバコの有害物質が無害、もしくはビタミンに
変化するという根拠のない商品が問題になっていたが
これらが本当に実現すれば、このような喫煙問題も
ずっと軽くなると思われる。
政府、企業、そして個人の今後の努力に望みを託したいですね。
posted by MIZU at 16:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クローン牛、食用へ。

アメリカでついにクローン牛の食用化が決定した。
これは大きな波紋を呼ぶでしょう。

何て言ったってクローン技術でさえ
大きな波紋を呼んでいたのは事実。
先日もペットクローンを販売する
会社が商売が成り立たずに潰れたばかり。
ペットのクローンは興味がある人が
とても多かったのにも関わらず
結局興味があるだけで、踏み切る勇気までは
人々は持っていなかった。

私の意見としては、半々です。

やっぱり一人の人間として両面性があるのは事実。
クローンという技術に関心はあるし
クローン技術が発展して行けば
病気の人々に健康な臓器の提供が
可能になるかもしれないし、様々な病気を
人間を使わず、クローンを使用して実験して
治療法を見つけることが出来るかもしれない。

しかしながら反対に倫理的な心配もある。
幾ら偽物とは言っても、クローン
それは元の人間と全く同じクローンを作り出す技術。

そう、「クローンにも意志があるのです。」

偽物と分かっていても心がそこに存在するのは確か。
そうなると、それは倫理的にちょっと躊躇いがあります。

そして倫理的でなくても、食用や治療用となれば
本当にそのクローン安全なものなのかは
誰にもわからないのです。

でも、個人的には倫理的以外の反対理由はないです。
なぜなら?
それは半分がクローン技術に興味があるから。

何となくの感覚なのですが
クローン技術というものに、安心感を感じるのです。

理論的には細胞を使って同じものを作り出す技術。
全く同じコピーであるわけです。
その課程で異質なものになってしまうとは
ちょっと考えにくいのです。
もし全く同じで無いのなら、それは姿形も違うものに
なってしまうと思うのです。

色々と波紋を呼びそうですが
私は良い方向に進めば良いと思います。
多分クローン技術を使って邪な考えを持った時に
何か問題が起きる気がしてならないのです。
利益を焦ってクローン技術を急いで使えば
様々な問題が起きることでしょう。
その為にも、私たちはもっと真っ直ぐに
自分に正直にクローン技術という可能性に
向き合って、しっかりと理解し、考えて行かなければならないと
切に思う次第です。

皆さんもこれを機会にクローン技術に対しての
知識を色々なサイトで培ってください。
私のこの記事ではあまりに情報量が少ないので。

世界が良い方向に進むことを祈ります。
posted by MIZU at 01:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月03日

英語必修化その2

というわけで、今度は英語の話。
現代社会で英語の必要性は誰もが認めるところ。
お役所仕事の人々には必要無いかもしれませんが
就職先も選べないようなこの世の中で
英語は大きく武器になります。
また、対外的にも英語が堪能な社員の多い会社は
経済界でも力強く、競争力があります。
そしてそれは日本の経済発展にも
確実に影響することは確かでしょう。
そう考えると、少々物事を知らなさすぎる
コメントのように思えて来てしまいます。
さあ、どうでしょうか?
posted by MIZU at 20:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月02日

英語必修化その1

次期学習指導要領の小学校5年生以上の
英語必修化に関して伊吹文明文部科学相が
キレイな日本語が読み書き出来ないのに
英語を必修化する必要は無いとコメント。

どうでしょうか。

私としては別問題だと思うのです。
キレイな日本語が読み書きできないという
日本の若い世代の現状は理解できます。
しかし、それは英語必修化に問題があるのではなく
国語への力の入れように問題があると思います。
入試などでも国語はあまり重視されておらず
文学部などの一部の学部などだけで
国語、つまり日本語に対しての試験がないのが問題。
例えば、国語の授業でディベート、つまり討論の
授業を大きく取り上げたりしたら
説明能力がつき、日本語力がつくでしょう。
その他にも、読むだけでなく正しい文章を
多く自分で作らせて書かせる事で
日本語の正しい読み書きが可能になると思うのです。
posted by MIZU at 20:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月28日

靖国問題その5

というわけで、勘違いしないで下さい。

で、そういう話があるという事を
一番影響しやすいのは誰ですか?

そう、遺族です。
遺族からしてみれば、自分の親族が
A級戦犯であると信じたいと思うわけがありません。
それにたとえA級戦犯だったとしても
靖国にまつられた栄誉を取り消されてしまうのは
黙ってみているわけには行きません。

だからA級戦犯を他に移すのは問題があるのです。
国内の遺族に示しが付かないのです。
そりゃーもう大変な反発でしょう。

じゃあ参拝しなけりゃ良いじゃん。

それもそうです。
私もそう思いました。
でも、そうも行かない理由が。。。

そもそも小泉氏がなぜ靖国参拝を公約としたのでしょう?
ここにポイントがあるのです。
小泉氏の支持者に右の考えを持つ人が多いから。
いわゆる右翼に近い人々です。
右翼、つまり保守派、国粋主義の考えです。
そうなれば自分がのし上がり、勝ち残る為には
靖国参拝の公約はうってつけのものだったのですね。

さぁ、そうなると総理なら国益を考えて
参拝するべきではないと言い切れなくなるのです。

なぜなら、公約を破れば強力な支持者を
失ってしまう可能性があるから。
強い支持者を失えば、政権にも影響があるでしょう。
そうなれば公約を破って支持を得る部分があっても
政権が長続きせず、矛盾が生じる可能性があります。
となると意味がなくなる。
と言うわけで、彼は公約を守ることを選んだのでしょう。
しかし、結局守ると言っても中途半端で
どっちつかずでした。
それはどちらにも一応の顔を立てつつ
問題の正面衝突を先延ばしにしたのです。
そして起死回生と言うよりも、最後の最後で
格好を保つためにこの間の当日参拝となったのでしょう。

こうなるともうどうすれば良いのやら。。。

個人的には参拝は反対の結論を出しました。
それは、私が現代の人で戦争を知らないから。
そして現在の日本の中心は戦争を知らない世代に
移り変わりつつあるからです。
ですが小泉氏が参拝した事は反対の立場の私ですが
仕方ない事とも考えられます。
それは戦争を知らない世代に移り変わりつつあるとは言え
戦争を知る世代がまだ多くいるからです。
なので、今後参拝をやめて行き
最終的にはA級戦犯を他へ移すか
靖国神社を宗教的な存在へ変更出来るようにするのが
一番の方法と考えるわけです。
いかがでしたでしょうか。
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2006年09月26日

靖国問題その4

また1日空けて続きです。
ようやく靖国問題の原点が分かりました。
しかし、それなら解決はすぐですよね。
でもそうではない。

なぜか。

それはそう出来ないから。。。

まずA級戦犯を他へ移せば?という点。
それは以前書いた通り、戦時中から
日本の中で靖国にまつられることが
栄誉であったからなのです。
そう、遺族からしてみればそれは
戦死した人を侮辱するに等しい行為なのです。
いえ、遺族からしてみると侮辱そのものでしょう。
でもA級戦犯なんだから仕方ないじゃん。
そういう考えが生まれます。
そうですよね。
当然です。
でもそうじゃないんです。
なぜか。
それはA級戦犯だけど、仕方ない部分もあるから。
まつられているA級戦犯達は確かにA級戦犯と
裁判で位置づけられ、A級戦犯となりました。
それは事実なのです。
しかし戦争の中、周りの風潮や上官に逆らえず
仕方なく荷担した人もいるのです。
また、ドイツのヒトラーのように日本に独裁者がいれば
問題ないのですが、日本の場合はそうではないのです。
一口に戦争といっても、その中には色々な地域での
争いがありました。
日本の場合、その争いごとに首謀者が違うのです。
そうなると本当の犯人を見つけるのは
戦争という混沌を考えるとあまりに不可能です。
しかし戦後、外交上は犯人を見つけなければ
示しがつきません。
と言うわけで、一括りにされた部分もあると言われています。
勘違いしないで欲しいのは
そういう話があるというだけで
私はそれが事実だとは言っていません。
長いので次回に。
posted by MIZU at 10:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月24日

靖国問題その3

というわけで、1日空けて続きです。
いよいよ靖国問題が大きくなるあたりです。
こういった経緯で靖国にA級戦犯がまつられました。
そして、その後日本は靖国神社を
公共的な存在と位置づけてしまったのです。
そう、ここで矛盾が生じるのです。
公共的な存在である限り、政府関係者が
訪れても、日本の常識では問題がないのです。
しかし、そうなると他国は怒ります。
特に日本から侵略を受けた韓国をはじめとする
アジアの地域の人々は怒ります。
そりゃそうです。
戦後、日本が混沌としていたとは言え
侵略を受けた国々の人々からみれば
そんな事は関係ないのです。
というわけで靖国へ政府関係者が訪れるのは
問題となるわけだったのです。

ホントにそれだけでしょうか?
それなら参拝しなければすむ話だったり
A級戦犯を他へ移せば良い話です。
それは次回に。
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2006年09月22日

靖国問題その2

昨日の続きです。
靖国問題、なぜ公共的な存在の
靖国神社に政府関係者が参拝して問題になるのか。
それはご存じの通り、A級戦犯がまつられているから。
普通はそんな事しません。
なぜ公共的な存在の靖国神社に
後々問題となるA級戦犯がまつられているのか。
それは戦争に問題があるのです。
いまさら?
そりゃ戦争に問題があって当然。
戦争がある。
だからA級戦犯が生まれてが問題になるんでしょ?
それはそうなのですが、ポイントはそこではないのです。
戦時中、多くの人が戦い、戦死しました。
その当時、日本では靖国神社というのは
公共的でも宗教的でもなく
そういった立場という概念はなかったのです。
そして日本の中で、靖国神社の存在は大きく
戦死し、靖国にまつられる事は
栄誉だと考える風潮があったのです。
そして終戦時、混沌とした日本では
様々な戦後処理の中、A級戦犯が
靖国にまつられてしまったのです。
このあたりから靖国問題が大きくなっていきます。
posted by MIZU at 10:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月21日

靖国問題その1

まずは靖国問題を取り上げてみましょう。
これはあまりちまたに情報がしっかりと
流れていないので、気になるところなのです。
問題になるのは、靖国神社の立場なのです。
???
と思いますか?
靖国神社に参拝する事が問題なのでは?
そう思う人もいるでしょう。
確かに、最終的にはそこに行き着きます。
ただ、その前に踏まえていなければならない
ポイントがあるのです。
靖国神社が宗教的な存在なのか
それとも公共的な存在なのか。
ここがポイントのようですね。
結果から言うと、靖国神社は公共的なものです。
それはそう日本が決めたから。
暗黙の了解としては、公共的なところに
政府関係の人間が出向いても問題ありません。
ではなぜここに来て問題になるのでしょう?
posted by MIZU at 10:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

始めてみました。

ついに始めてしまいました。
多分自分の考えとか入って
偏ってしまうと思います。
でも個人的な立場でしっかりと
考えて書いていくつもりです。
暖かい目で見守ってください。
なお、ブログ炎上はしたくないので
コメント、トラックバックは受け付けない予定です。
自分の考えを1つの意見として
皆さんに受け止めて欲しいからです。
他の人々の意見は他のサイトで
自分の目で見て、理解していくつもりです。
宜しくお願い致します。
posted by MIZU at 10:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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